※ 第ニ回〜COCOA TEAの話(その1)を、読み切れた方(お疲れ様です)はコチラ

photo
↓写真をクリックすると拡大表示します。 photo photo photo photo

えー、VP RECORDSからCOCOA TEAの2枚組ベスト盤『REGGAE ANTHOLOGY - Sweet Sound Of Cocoa Tea』がリリースされましたので、今回はCOCOA TEAのコトを。

 えー、COCOA TEAですけど、とっても思い入れの強いアーティストです。あと、思い出深いアーティストでもあります。チト、色々と振り返りましょ。

 個人的なコトなんですけど、自分が以前の会社でレゲエのリリースとか、所謂「レゲエ仕事」に足を突っ込み始めたのはもう随分と前のことになるんですけど、最初の1〜2年間ぐらいは、会社が契約していた音源の中から、再発とか幾つかのコンピレーションとかに携わっていました。その期間を経て、自分で音源を獲得して作品を出していくようになりました。

 で、その自分の判断でリリースとかをしていくようになってからの最初の作品がCOCOA TEAでした。アメリカのライカーズ・アイランド刑務所からジャマイカに帰還したばかりだった〈VOLCANO〉のHENRY"JUNJO"LAWESが、COCOA TEAと再び組んで制作した『SWEET LOVE』という作品でした。

 「COCOA TEA&〈VOLCANO〉」の鉄板な組み合わせに関しては、説明不要だと思いますけど、そのどちらもが当時から大好きだった自分としては、その両者の再タッグ盤が最初の作品となった偶然を喜んで、なんかかなり気合い入れて頑張りました。リリース時に、COCOA TEAを日本に呼んで、プロモーションは勿論、タワーレコード新宿店で店頭イヴェントもしましたし、東京2回/名古屋/大阪の各クアトロを回るツアーも実施しました。

 まっ、ツアーに関しては、「実施しました」というのはチト嘘です。実は、最初の東京での1公演を終わった後に、COCOA TEAのアホなマネージャー女史によって、COCOA TEAは拉致られて、そのままそのアホがダブル・ブッキングしてたマイアミのショーに連れて行かれてしまったので、残りの東京1公演と名古屋と大阪は、COCOA TEA不在のまま、一緒に来日していたDILLINGERとバックのHOME-Tだけで回ることになったのでした。DILLINGERはCOCOA TEAのリリースの後に『COCAINE "STILL" IN MY BRAIN』というアルバムをリリースしてたこともあって、来日メンバーに加わっていたのでした。

 まっ、悪夢ような出来事でして、ツアー中に1000回ぐらい頭を下げました。各公演会場の入口では「返金」を求めるお客さんも多かったし、面と向かってボロクソ言われまくりました。当然のコトで「申し訳ありません」と頭を下げるしかありませんでした。一緒に頭を下げてくれる各地のプロモーターさん達に対しても申し訳無い気分でいっぱいでした。あと、アホがCOCOA TEA以外のメンバーのギャラも航空券も持ち逃げしやがったので、DILLINGERもHOME-Tもタダ働きになったりして大変でした。

 でも、そんな悪夢の時間の中でも、無口なDILLINGERが大モメしている中で、「COCOA TEAは帰った。理由はともかく帰った。俺等のギャラも無くなった。でも、それでも来てくれる客が一人でも居るのなら、その人のために全力でライヴをしよう。俺達はジャマイカの代表じゃないか?」とHOME-Tに小さな、でもしっかりと通る声で伝えて、凹んでたHOME-Tがいきなり元気になった時のコトはよく覚えています。

 DILLINGERは来日時から体調が悪く、ステージ中にもゲロ吐いてました。それでも頑張って、来てくれたお客さんをガッチリと盛り上げました。でも、終演後はいつもクタクタで、食事にも行かずに、一人でホテルの部屋で寝てしまってました。

↓写真をクリックすると拡大表示します。 photo photo photo

 そして、帰国の日の朝に、DILLINGERの部屋に行って、自分なりの気持ちを伝えました。アホのせいとは言え、自分の不手際と不甲斐なさもあって、DILLINGERに迷惑を掛けたコトと、DILLINGERが残ったメンバーをまとめて、とりあえず無事に最後までツアーを出来たことに対する謝罪と感謝を伝えました。

 DILLINGERは「俺こそアリガトだ」と言って笑ってました。「COCOA TEAにも事情があった」とも言いました。そして、「一つお願いがある」と言いました。「何?」と聞けば、「カミさんに日本の土産を買って持って帰りたい。もう日本円が無いし、それを買ってもらえたら助かるんだけど・・」と言うことでした。「ん?」と一瞬身構えました。ギャラも無かったし、最終日だし、タカッてきているのかもしれないと思いました。嫌な緊張感がありました。

 で、「何が欲しいの?」と聞いたら、「もう決めてあるから一緒に来てくれ」と言いました。ホテルを一足早くチェック・アウトして、スーツケースをロビーに置いたまま、二人で出掛けました。その時は、大阪の心斎橋のアメリカ村のハズれのホテルに泊まっていたのですけど、DILLINGERに連れられるままに、そして不安な気持ちのままにアメリカ村を歩きました。

 歩き始めて5分もしませんでした。DILLINGERが「コレが欲しい」と言ったのは、何も特別ではない服屋の、その店先のワゴンに入った女性用のデニムのシャツでした。「ワゴン・セール」で500円でした。「コレなの?」と聞いたら、「そうだ。彼女にピッタリだと思うんだ。昨晩のショーの後に、ホテルに戻って疲れてそのまま寝ちゃっただろ? 夜中に目が覚めて、喉が乾いたからビールを買ってしまったら、コレを買うための日本円が無くなっちゃったんだ。昨日に少し散歩してて見つけたんだ。昨日に買っておけば良かったんだけどな。でも、彼女にピッタリだと思うし、日本の土産としてプレゼントしたいんだ」と言いました。そのワゴンの中のシャツと、貼られた値段を見ながら、「もっと良い物じゃなくていいの?」と聞いたら、「コレが彼女にピッタリなんだ。お金とかブランドとかそんなことじゃない。俺が彼女を一番知っているんだ」と言われました。

 「タカリかも?」と思った自分がなんか情けなくなりました。「もっと良い物と」言った自分が恥ずかしくもなりました。変なトラブルにならないで安堵した自分の器の小ささに気分が悪くなりました。

 そして、COCOA-Tが居なくなって、大モメしている時にDILLINGERがHOME-Tを諭した時のことも思い出しました。ゲロ吐きながらステージを続けたことも思い出しました。それと、移動の新幹線で、全員のテンションが落ちまくっている時に、突然席を立ち上がって、「新幹線のスピードが速過ぎる! スピードを落とすように運転手に言って来る!」と怒ったフリをして走り出して行ったこと、そのまましばらく戻って来ないで、戻って来た時にはコーラの缶を手に持って「運転手に言ってやったよ。彼は謝ってコレを俺にくれた。コレでスピードは少し遅くなると思う。予定の時間に着かなくなるけど、心配するな」と言って皆を笑わせてくれたこととかも思い出しました。

 DILLINGERの「欲しい」と言ったデニムのシャツを買ってあげました。「プレゼントにしたいから包んで欲しい」とお店のオバちゃんに頼んだら、「コレを?」と怪訝そうな顔をされましたけど、リボンまで付けてくれました。そして、「え〜、シャツが500円と包装代が500円で、合計で1000円ネ」と言われました。

 DILLINGERには何度も御礼を言われました。スーツ・ケースに大事そうに入れて帰国して行きました。

 「ラガマフィン」ー。DILLINGERに教えてもらいました。

 アレ? COCOA TEAのコトからズレちゃった。おかしーな。えー、どーしよかな。まっ、せっかく書いたので、コレはコレとして、また次回に書くことにしましょ。とりあえず「つづく」という感じで、次回こそはCOCOA TEAのコトを。すいませーん。

八幡浩司(24×7 RECORDS., INC.)

pagetopへ戻る

JUST MY IMAGINATION
1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10 / 11 / 12 / 13 / 14 / 15
ENTERTAINMENT
INTERVIEW
FM BANA
REGGAE 虎の穴
REGGAE
ともだちのフリして聞いてみた
TELL ME TEACHER

Google www.247reggae.com

レゲエ・レーベル/プロダクションでVPレコード/グリースリーヴス/ビッグ・シップ等の海外レゲエ・レーベルの日本正規代理店
24×7 RECORDS | REGGAE TEACH ME EVERYTHING

Copyright(C) 2015 24×7 RECORDS All Rights Reserved.