藤川毅のレゲエ 虎の穴 REGGAE TIGER HOLE

VP4168
VP4169 12" REGGAE DISCOMIX SHOWCASEシリーズ
(写真はVOL.4 / VP4168とVOL.5 / VP4169 / IMPORTS)

 連載2回目です。今回の24×7レコードさんからの依頼は、エロル・トンプソン。なかなかの難題です。名エンジニアとして高く評価されているものの、この人についての日本語に置ける長文の記述というのはあまりお目にかかったことはありませんしね。70年代に出た『レゲエ・ブック』で遠藤斗志也さんが書いていた気もしますが、出張中に原稿を書いているので、確認しないまま書き始めることにします。

 最初に、エロル・トンプソンについて、150文字程度でまとめてみましょう。その方が、後の原稿が読みやすくなると思うからです。 

エロル・トンプソン(1948-2004)
 スタジオ・ワンを皮切りにランディーズ、ジョー・ギブス・スタジオで活躍したエンジニア。70年代後期の『AFRICAN DUB』シリーズなどのダブ・エンジニアとして高く評価される。ジョー・ギブスとのコンビはマイティ2(トゥ)として知られ、エンジニアのみならず制作者としても多くの名作を生んだ。
 

 このように150文字程度にまとめたものを以下でくどくどと説明しようというわけです。苦笑。


 さて、なぜ今回のお題はエロル・トンプソンなのでしょう?


 理由は、前回の連載でエロル・トンプソンの名前が出てきたこと、twitter上で次回はエロル・トンプソンでというリクエストがあったこと、そしてジョー・ギブスからの12インチ・ヴァージョンをまとめたシリーズ『12" REGGAE DISCOMIX SHOWCASE』の全5集が売れ行き好調だから、という3つあたりかな。24×7レコードさんからは、エロル・トンプソンと12インチ・シリーズ『12" REGGAE DISCOMIX SHOWCASE』のことを絡めて書いてくれということなのですが、最初にお断りしちゃうと、今回は12インチ・シリーズまで話がいきません(苦笑)。しかも、エロル・トンプソンが手がけたダブ・シリーズ、『AFRICAN DUB』の話もほとんどできないと思います。与えられた4000文字程度という制約の中では、ダブ・マスターとしてのエロル・トンプソン本領発揮! の導入部分ぐらいまでしか行き着かないと思うからです。いうわけで、本稿は最初の時点で、今回で完結せず次号以降に続くことを表明しておきます。 下手すると3回ぐらいはかかってしまいそうですが、なるべく次回で終わらせるようにします。

 前回の原稿で、エロル・トンプソンのことを以下のように書きました。引用します。  

エロル・トンプソン
エロル・トンプソン

 「後にランディーズ・スタジオの看板エンジニアとなるエロル・トンプソンがランディーズに入ったのは70年頃のこと。エロルはランディーズ・スタジオでエンジニアとしての頭角を現し、後にジョー・ギブスと組み、“マイティ2”として多くの制作に関わり、自身もダブ・エンジニアとして『AFRICAN DUB』などのシリーズを発表しました。エロルはスタジオ・ワンでエンジニアのシルヴァン・モリスのアシスタントの経験はありましたが、エンジニアの経験はほとんど無く、ビルからの技術を得たヴィンセントらがエロルを育てました。」

 エロルがランディーズに来た頃は、まだエンジニアの経験がなく、ビル・ガーネットが指導したというように原稿を書いています。これは、クライヴ・チンなどVP関係者の証言を元に僕が書いたわけです。

 2007年にマイケル・ヴィールという人が発表した『DUB Soundscapes & Shatterd Songs in Jamaican Reggae』(Wesleyan University Press)という本の中に以下のような話が出てきます。


 

 マックス・ロメオの大ヒット曲「Wet Dream」の録音の時の話。「Wet Dream」の制作を担当したのは、バニー・リー。自身のスタジオを持たなかったバニーは、コクソン・ドッドのスタジオ・ワンを借りて、この「Wet Dream」を録音しました。最初は、コクソンがマックス・ロメオのヴォイシング(歌の録音)を行っていたのですが、コクソンがトイレに行っている間に、バニーが「E.T.(エロルのこと)、今のうちに歌をとってくれ!」と指示を出し、録音したそう。それが、エロルにとって初録音になったとのこと。曲名「Wet Dream」とは、夢精のことで、ご承知の通りエロエロな曲だったから、トイレから戻ってきたコクソンとバニーらの間には、一悶着。でも結果的にこの曲は1969年にイギリスではユニティ・レーベルからリリースされ、全英チャートで最高2位、チャート在位26週という大ヒットに。


 エロルの初録音が「Wet Dream」であることは、スティーヴ・バロウとピーター・ダルトンによる『THE ROUGH GUIDE TO REGGAE(ROUGH GUIDES)』にも出てきます。バニーとスティーヴは親しい関係ですから、おそらくこの逸話は事実でしょう。ちなみに、ボクがスティーヴさん宅にお邪魔したとき、そこには、バニー・リーとナイニー・ジ・オブザーヴァー、デニス・アルカポーンがいました。さて、初録音作が全英でも大ヒットという事実だけを切り取ると、いかにも天才らしい逸話だけれど、実際のところは、スタジオ・ワンのメイン・エンジニアだったシルヴァン・モリスがその座にいる限り、たいした仕事もさせてもらえず、ごく短期間でランディーズに移ったというのが真相だったのでしょう。だからこそ、ヴィンセントらは、スタジオ・ワンにいたとはいえ、ランディーズに移ってきた頃のエロルを、我々が育てたと表現したに違いありません。


 エロル・トンプソンは、1948年キングストンのハーバービュー生まれです。生年に関しては、1941年説、1951年説など諸説ありますが、1948年12月29日生まれというのが、一番信憑性が高いとボクは信じています。1948年説が正しければ、エロルがスタジオ・ワンで働き始めた68年頃というのは20歳頃。スタジオ・ワンを経てランディーズに移った彼は、ユニークな作品を数多く手がけていきます。

JAVA JAVA JAVA JAVA JAVA JAVA JAVA JAVA
JAVA JAVA DUB JAVA JAVA DUB

VP4130 REGGAE ANTHOLOGY - JOE GIBBS SCORCHERS FROM MIGHTY TWO / VP4130 / 2CD / IMPORTS

 ダブ・マスターとしてのエロル・トンプソンの最初期の作品としての最重要アルバムは『JAVA JAVA JAVA JAVA』(Impact! IMP/LP 0001)。インパクト・レーベルの記念すべきアルバム1枚目でもあります。1973年作品にして、『AQUARIUS DUB』などと並び、最初期のダブアルバムです。パブロの代表曲でもある「JAVA」はもちろんのこと、ヘプトーンズ「Guiding Star」、ソウル・ヴェンダーズ「Swing Easy」などの有名曲のリズムでパブロがピアニカを吹くという、後年にも共通する彼の持ち味がこの時点で発揮されている意味で、ダブの歴史のみならず、パブロのアーティストとしてのキャリアにおいても重要な作品です。 後にファー・イースト・サウンドと評されるパブロのダブ・マスターとしての基礎は、このランディーズ期に出来たと言って差し支えないですね。この『JAVA JAVA JAVA JAVA』は一時期、別ジャケットで『JAVA JAVA DUB』としてリリースされていたこともありますが、その再発盤でさえ最近はあんまり見かけなくなりました。前回の連載でもアルバム・ジャケットを取り上げたオーガスタス・パブロの『THIS IS AUGUSTUS PABLO』も評価されるべき作品です。 この作品は、ランディーズ産のリズム・トラック上でパブロが子供の演奏のようにメロディカなどの鍵盤楽器を重ねたもので、ミックス自体、エフェクトのかかりも薄く、シンプルそのもの。でも、シンプルな中にある様々な隙間が後のダブにつながる感覚を呼び起こさせる不思議な作品でもあります。


 あまり知られていないですが、ランディーズには、『JAVA JAVA JAVA JAVA』に引き続き『RANDY'S DUB』という200枚ほどしかプレスされなかったというダブ盤があります。幸いにもこの作品は、ブラッド&ファイアが98年に『FORWARD THE BASS: DUB FROM RANDY'S, 1972-1975』としてリリースしたので耳にされた方もおられるかもしれません。70年代の前半にクライヴ・チンとエロル・トンプソンがいかに魅力的なシングルの裏面=ヴァージョンを生み出そうとしていたかが伝わります。 それまでのヴァージョンは、歌版から歌を抜いたカラオケが標準だったわけですが、それをアーティスティックな作品の域にまで高めようとしたのが、だれあろうクライヴとエロルだったわけです。『FORWARD THE BASS: DUB FROM RANDY'S, 1972-1975』には、「Ordinary Version Chapter 3」と「Extraordinary Version」という曲が収録されていますが、 これらは、前回紹介した『REGGAE ANTHOLOGY - RANDY'S 50TH ANNIVERSARY』にも収録されているロイド・パークス「Ordinary Man」のヴァージョン2編です。「Ordinary Version Chapter 3」は『REGGAE ANTHOLOGY - RANDY'S 50TH ANNIVERSARY』にも収録されています。 この2編以外に、同じトラックを使ったものに、『THIS IS AUGUSTUS PABLO』に収録の「Assignment #1」もあります。パブロ版は、クラヴィネットも重ねているメロディカ版。「Ordinary Version Chapter 3」は、エロル自身がミックスしながら喋るというドラマ仕立てになっていることもユニークですが、ロイド・パークスの曲を元にしたこの3ヴァージョンを聴くだけで、面白いヴァージョン、ダブを生み出そうとするクライヴとエロルの取り組みがわかろうというものですよね。

VP4168
ミックス・ダウン作業中のエロル・トンプソン(手前)。

THE EVOLUTION OF DUB 1-THE ORIGIN OF THE SPECIES THE EVOLUTION OF DUB 1-THE ORIGIN OF THE SPECIES / VARIOUS ARTISTS / GRE2007 / 4CD / IMPORTS
↑ジョー・ギブスの初期ダブ音源『DUB SERIAL』が聴けます。

AFRICAN DUB CHAPTER1〜4/VP4107〜VP4110
AFRICAN DUB CHAPTER1〜4/VP4107〜VP4110
/ IMPORTS

 エロルは75年、ジョー・ギブスがリタイアメント・クレッセントに16トラックの新しいスタジオをオープンさせたのを機会にジョー・ギブスに引き抜かれます。マイティ2のスタートです。 エロルとギブスの2人でマイティ2。しかし、マイティ2の最初期の仕事はランディーズ時代に実質的に始まっていました。ギブスの初期のダブ『DUB SERIAL』と『AFRICAN DUB CHAPTER1』です。これら、特に『AFRICAN DUB CHAPTER1』は、ジョー・ギブスのスタジオでミックスされたと勘違いされていますが、これはランディーズ時代の作品です。ギブスは新しいスタジオが出来るまではミックスはランディーズに依頼していたので、その時期の作品です。ジョー・ギブス・レーベルのダブ・シリーズの第一作目でありながら、『AFRICAN DUB CHAPTER1』は、ランディーズでのミックスの集大成とも言うべきものかもしれません。『FORWARD THE BASS: DUB FROM RANDY'S, 1972-1975』と聞き比べると、その特質は共通していることがよくわかります。70年代初頭よりは75年に向けてイフェクトは濃くなっているものの、基本は楽器のオン・オフによって面白く聴かせるというのが大きな特徴です。


 その特徴が最もよく出ているのが、『AFRICAN DUB CHAPTER1』の1曲目「African Dub」かもしれません。やっていることはとてもシンプルですが、素晴らしい。この曲ではスイッチングで音をオン・オフしているに違いありません。自身でフェーダーを開発し、そのフェーダーをうまく使ったキング・タビーとの大きな違いはそのあたりにあるといっていいでしょう。キング・タビーの名前を出したので、もうひとりのダブ・マスターとの関係も最後に少しだけ書いておくことにします。リー・ペリーのことです。リー・ペリーは、ウェイラーズの『SOUL label』の録音など、ランディーズのスタジオをダイナミックとともによく使っていました。『SOUL label』はエロル・トンプソンのミックスのお陰で相当良いアルバムに仕上がっていると僕は信じていますが、そのような縁もあって、ペリーとエロルは旧知の仲でした。 ペリーは、1973年末の自身のスタジオ、ブラック・アークの建設において、エロルに助力を依頼し、実際にその配線はエロルが手がけたと言われています(デイヴィッド・カッツ『PEOPLE FUNNY BOY: THE GENIUS OF LEE "SCRATCH" PERRY』(PAYBACK PRESS)より)。


 いささか蛇足っぽくペリーの話を加えましたが、ペリーはかつてギブスの元でプロデューサーをしていたのだし、このあたりのジャマイカのプロデューサーやエンジニア、ミュージシャンたちの相関図について語り出すといくらスペースがあっても足りないのでやめておきますが、ギブスとエロルがダブにかけた思いは、『AFRICAN DUB』の1作目とそれ以降の作品を聞き比べるとよくわかります、ということを最後に言って、次号に引き継ぐことにします。


 1ヶ月後にお会いしましょう!



藤川 毅 [ふじかわたけし]
1964年鹿児島市生まれ。
高校卒業後、大学進学のため上京。
大学在学中より音楽関係の仕事をスタートし、『レゲエ・マガジン』の編集長など歴任するも、思うところあり、1996年帰郷。
以来、鹿児島を拠点に会社経営をしつつ、執筆活動などを続ける。
趣味は、自転車(コルナゴ乗り)と読書、もちろん音楽。
Bloghttp://www.good-neighbors.info/dubbrock
Twitterhttp://twitter.com/dubbrock

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