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CHINO:子供の頃から自分がアーティストになることは考えていなかったんだ。人混みも嫌いで、何千人もの人の前で歌ったりすることとかも考えられなかったし。ただ、音楽は好きだったんだ。中学の時に「オメガ・サウンド」というサウンド・システムを始めたんだけど、それもただ仲間と一緒に好きな音楽をプレーして、それを楽しみたかっただけなんだ。勿論、ビッグ・サウンドでもないし、遊びみたいな感じだったんだ。 その頃にジャマイカで大きなヒップホップ・ムーヴメントが起きて、それでただ音楽としてヒップホップに夢中になったんだ。そこでラップも始めたけど、それも「アーティストになろう」とかではなくて、ただ自分の表現としてやってただけなんだ。そこで、自分は言葉で伝えることよりも、歌詞にすることが好きなのに気付いたけど、ヒップホップはそうした歌詞を伝えるには、言葉を乗せやすかったというのもあったとは思う。周りからは「DJでやれば」とも言われたけど、そもそもアーティストとかになるつもりはなかったから、「DJ?」ぐらいで聞き流していたね。ただ、自分の周りに居たBRIAN SAN(PAPA SANの弟)から、彼の曲に「ラップを入れてみてよ」と言われて、レコーディングしてみたりはしていた。ラップをやっている人がジャマイカには少なかったから、色々と誘われてやったことで、それが売れたり、反応されていくなかで自然とラッパーになって、「カパチーノ」になっていくんだけど、振り返ると、真剣にアーティストをやっていたという感じではなかったね。「カパチーノ」はSHEMA(姉のYASHEMABETH)が付けた名前で、コーヒーのカプチーノが由来。「黒くて濃い」イメージかな。FREDDIE? いや、FREDDIEは特には何も言わなかったよ。「レゲエのスターの子供だからレゲエをやれ」とかそういうのもなかったし、普通の息子として自然で居させてくれた。それがいかに良かったかは現在になって分かるね。 □ マイアミ/〈SLIPPIN SLIDE〉との交流
C:FREDDIEがその頃にフロリダにも自宅を持ったことで、フロリダに行くようにもなった。フロリダはレゲエもヒップホップも近くて、ファンも関係者も近いし交流も深いんだけど、そこで〈SLIPPIN SLIDE〉の関係者に誘われた。FREDDIEか、誰かが自分のラップしてた曲とかを渡したんだと思う。そんなに長い期間ではなかったけど、彼らとともに活動したし、ツアーにも参加したりした。TRICK DADDYとかにも世話になった。一番そこで学んだことは、「いかにプロフェッショナルであるべきか?」ということだね。それはレコーディングのクオリティや曲の作り方だけでなく、仕事に対する姿勢とか、プロフェッショナルな音楽のやり方を教わった感じかな。やはりフロリダで一番のビッグ・レーベルで、仕事もメジャーだったから、音楽のことだけでなくて色々なコトを教わったよね。勿論、それは現在にも活かされていると思うよ。 ヒップホップ、R & Bの影響は勿論受けているけど、それは現在のジャマイカのアーティストやプロデューサーは全員受けていると思うし、ジャマイカに限らないと思うし、特別なコトだとは思っていない。ただ、自分に限って言えば、その〈SLIPPIN SLIDE〉での経験や、あと子供の時からFREDDIEと一緒に世界中をツアーして、世界各地で聴いた音楽とか、見たアーティストとか、レゲエとは違う音楽に意識的にも無意識にも触れてきたことは何か別の影響を自分に与えていると思う。STEPHENもきっとそうだと思う。 〈SLIPPIN SLIDE〉を離れた理由は、彼らのスタイルと自分のスタイルが合わないことに気付いたからだ。それは彼らが悪いと言うのではなくて、自分はもっとディープな音楽とリリックを演りたくなっていて、そのフックとパンチ・ラインだけのスタイルには自分の世界が表現し切れないと思い始めたからなんだ。「ラッパーをやめてDJになった」というんではなくて、自分のスタイルを追究したくなっただけで、現在もそれは変わらないし、自分を「DJ」と呼ぶ人もいるけど、自分では「CHINO」でしかない。歌えば「シンガー」、同時に演れば「シング・ジェイ」と言うのも自分には当てはまらない。自分は、リリシストで、ディープに音楽を追究するアーティストなんだ。
C:偉大な親父であって、偉大なアーティストだね。親父としては、育ててくれて、自分の才能を信じてくれて、自由を与えてくれて、様々な世界を見せてくれて、教えてくれて、自分が活動する基盤を築いてくれたこと全てに感謝しているし、一人の父親、人間としても尊敬している。アーティストとしても、それはFREDDIEだけでなく、全ての年上のアーティスト達に対してもだけど、レゲエを築き、それを世界に伝え、厳しいビシネスの中でも戦い続けて、それを大きなインダストリーに育ててくれたことに感謝して、尊敬している。おそらく、現在よりも様々な面でアーティストもプロデューサーも恵まれていなかったと思うけど、その中でも偉大なるクリエイティヴィティと音楽への愛を貫いて、自分達の世代に受け継いでくれたことに感謝しているし、尊敬もしている。今回のアルバムも、自分も、STEPHENも、FREDDIEの継続した努力がなければ、どうなっていたか分からない。〈BIG SHIP〉の船長はFREDDIEで、このスタジオもFREDDIEの長年の努力で作られたものだ。それを忘れたことは一度もない。
C:「Baby」なアルバムだね。現在から思えば「可愛らしいアルバム」だったと言える。「RedBull & Guinness」「Girls Dem St8」とか、自分のアーティストとしてのブレイクした曲が詰まっていて、世間に「CHINO」を知らせられた最初のアルバムとして大切に思っている。日本でしかリリースしなくて、日本でどこまで自分を知らしめられたことに繋がったは分からないけど、あのアルバムに収録してたヒット曲のおかげで、ジャマイカでは自分の活動する範囲が一気に広まった。ショーに呼ばれるようになったし、他のレーベルからもレコーディングの声が掛かるようになったし、色々なきっかけを与えてくれた曲が詰まったアルバムで、自分としては現在でも特別なんだ。ジャケットの中に、その時代をサポートしてくれて、アルバムが出た時には事故死したCRAIG DENNIS(シンガー。VYBZ KARTELと〈BIG SHIP〉を繋いだのもこの人)の写真があるのも特別だ。聴き直すと、そりゃ色々と思うところもあるよ。でも、そこに自分の成長を確認することも出来る感じかな。
L:STEPHEN McGREGOR / R:CHINO C:「弟」としてではなくて、一人のプロデューサーとして言うんだけど、なぜ彼が「天才」と呼ばれるかについては、理由は一つしかないんだ。それは音楽への愛情だ。それは尋常ではないし、そこの深さが他のプロデューサーとかとは圧倒的に違う。「音」への感覚が敏感なのも、そうした愛情がなせるものなんだ。「天才」だけどそれ以上に努力家だし、音楽への姿勢が真摯だ。いつもスタジオでクリエイトし続けている。自分達が朝方までダンスやクラブから帰ってくる時間でもずっと作り続けている。一人の世界を持っていて、誰にも流されない。精神的にも強く、周りを良い意味で気にしない。
01. WHO GOD BLESS 02. NEVER CHANGE (aka FROM MAWNING) 03. HAFFI GET THE CREAM 04. CALL WE NAME 05. PROTECTED feat. STEPHEN "DI GENIUS" McGREGOR 06. RUFF IT UP 07. BRING IT COME 08. ME & YOU feat. ALAINE 09. PON YOUR HEAD 10. BAD MIND 11. IN D STREETS 12. WE NUH LIKE DEM 13. WAAH FI KEEP YOU 14. CLAP IT & DROP IT feat. STEPHEN "DI GENIUS" McGREGOR 15. PLEASE FORGIVE ME 16. PHONE GYALIST 17. FIND IT HARD feat. DEAN FRASER 18. NEVER CHANGE (aka FROM MAWNING) - JAPANESE VERSION ![]() 「Never Change」PVはこちらから C:『UNSTOPPABLE』からの成長が記録されていると思うけど、その成長はすべて経験から出来ている。数多くのレコーディングとショー、そうした経験で歌い方も伝え方も色々と学んで、そこでの学習も活かされていると思う。毎日のようにレコーディングしているけど、そのモチベーションとアイディアは毎日の生活から生まれる。音楽への愛が深いと、日常生活の全てを音楽で表現することを無意識に考える。それで生まれた曲が人々に受け入れられたり、ヒットすると、それがまた次のモチベーションを生む。「もっと良い曲を」「もっと違う曲を」と意識と感覚が広がっていく。また、曲が売れると、もっと大きな舞台に呼ばれたり、見たことのない世界や景色を見せてくれる、そこでまた新しいアイディアも生まれ、新しいモチベーションも生まれる。基本は音楽への愛で、それしかないけど、それで得てきたた経験で成長した自分を表現できた作品だと思う。アルバムの構成や流れ、選曲とかで意識したことは「ソリッドなものにする」ということだ。
STEPHENともそこは意識した。曲によって様々なテーマやトピックもあるけど、それを全体としていかにソリッドに、エッジの効いた仕上がりにまとめるかを大切にした。
C:この曲は、朝起きた時に浮かんだフレーズとメロディで、その時にスタジオではまだSTEPHENが徹夜のまま作業をしていて、流してくれたビートにマッチしたので、そのまま録ることにしたんだ。STEPHENとはいつも決めゴトはしない。いつもSTEPHENが作り続けているリディムを聴きながら、その時々のヴァイブスに任せてアイディアを出し合う感じで、曲を作っている。自分のこだわるのはいかにそのヴァイブスを歌詞に込められるかだ。ただ、リディムに乗っただけの意味のない歌詞は嫌いで、自分はリリシストとしての自覚も意識もある。自分とSTEPHENにとっては夜中の2時〜5時がいつも一番良い時間帯だ。良い曲はなぜかこの時間帯に生まれる。ヴァイブス・タイムって感じだ。この曲は朝だったけどね(笑)。内容はポシディヴでコンシャスだ。それが人気の理由でもあると思う。この曲はCDには歌詞と対訳をつけてもらってるから、是非確認して欲しい。
C:よく言われるし、誤解されているんだけど、これはDON CORLEONをディスした曲とか、特定の誰かをディスした曲ではないんだ。もっと世界的なコトを指している。世界の政治とか悪行を行っている一部の指導者とかのコトを指している。それを言うなら、アルバムに入っている「Protected」の方がある意味、特定の相手をディスした曲だ。この曲はSTEPHENや自分をディスした人達に対して歌った曲だ。ある時にSTEPHENがインターネットで自分達のコトを叩いた記事とかを見せてくれた。そこには「FREDDIE McGREGORの息子だから成功している。McGREGOR家の息子だからチヤホヤされている」みたいなコトを書いた人がいて、それに対して反論と言うか、反撃した曲だ。DONは色々と自分達のコトを言っているのかもしれないけど、自分達としては特に何もない。自分達は音楽の愛だけで音楽を作っている、それだけだ。
C:これもよく誤解されるけど、DONに対してなにかを仕掛けたわけではない。ALAINとはジャマイカのテレビ局のRETVが実施していた「HIGH SCHOOL TOUR」で仲良くなった。自分も彼女も参加していて、毎週どこかの高校でパフォーマンスするテレビの企画なんだけど、そこで話すようにもなって、アーティストとしてもリスペクトするようになった。この曲はもともと出来ていて、「女性シンガーをフィーチャーしたい」と思っていたから、彼女を誘ったんだ。ただ、彼女のDONとのコトも知っていたし、DONが自分達に対して何か言っていると周りから言われていた時期だったから、彼女にもそのへんは事前に確認したんだ。それでも、彼女は曲を聴いて、「そういうコトには構わないし、気にしない」と言って、それで一緒に録ったんだ。あくまで曲作りの最善を考えて彼女と演っただけなんだ。 自分達とDONの時も、KARTELとMAVADOの時も、周りが色々と騒いだり、噂したり、煽るんだけど、メディアやインターネットが伝えていることがどれだけ事実かは疑うべきだ。あと、そうしたハイプではなくて、曲でアーティストを評価するようにしないといけないとも思う。ジャマイカは狭いし、エンターテイメントも限られているから、色々とネタにされるし、それも含めてのエンターテイメント・ビジネスだけど、基本は音楽の質で語られるべきだ。この曲はそうしたハイプとは関係なく、良い曲ということで支持されたと信じたいね。
C:もともとこの曲は仕上がっていたんだ。ただ、STEPHENと「何かが足らない」と話していて、「Never Change」でJermey Hardingにギターを弾いてもらったように、何か楽器を足そうと思って、「サックスが欲しい」と思い付いて、「だったらDEANだ」ってSTEPHENが連絡したんだ。DEANも参加を喜んでくれたね。FREDDIEのツアーとかで子供の時からDEANとは一緒になることが多かったから、そうしたレジェンドと一緒に出来るのは嬉しかったし、感慨深かったよ。DEANは思い通りに仕上げてくれたね。
C:日本から「Never Change」のダブを録りに来るサウンド・マンがすごく多くて、「MIGHTY CROWNが最初にプレーしてそれが広まった」って聞いたけど、とにかく連日日本人が録りに来るから、「だったら日本語版も作ろう」って思ったんだ。より歌詞の意味が届くように、とね。ちょうどスペイン語版も作っていたから、それに合わせて作ったんだ。歌詞は、ジャマイカに居る日本人の女性に翻訳してもらった。「そのまま直訳してくれ」と頼んだけど、その通りだったらいいけどね(笑)。 日本人は現在ジャマイカのあちこちで見かけるよ。この小さな島のレゲエを通じて遠いところから来てくれる人達を有り難くも思うよ。日本人のアーティスト達がレゲエを演ってくれるのも嬉しいし、また違うものに仕上がっているのも面白いね。ジャマイカで感じたものを持ち帰っているんだと思うよ。正直、あまり詳しくはないんだけどね、言葉が分からないのもあるけど。 最近はダンスに行っても日本人ばっかりだ。日本人専門のダンスかと思うぐらいのもあるよ。でも、日本人は良いよ。そこでちゃんと音楽で楽しんでいるし、音楽を求めているからね。そうした日本人の様子が周りのジャマイカ人にも良い影響を与えていると思うよ。ダンスでも日本人が楽しんで良い空気にしてくれていることで、トラブルも減っていると思うしね。詳しくは知らないんだけど、印象的なのはやっぱりMIGHTY CROWNかな。もう、ほとんど彼らはジャマイカンだけどね、うんタフだよ(笑)。自分はFREDDIEと「JAPAN SPLASH」とかも行って見てるけど、MIGHTY CROWNとかを見ると、日本のレゲエ事情も変わっていると想像出来るね。日本人がもっとディープにレゲエを追究しているのが分かるよ。
C:これは難しい質問だね・・。まずはSTEPHENのPOWER CUTだろ・・、えっ?、ファンデーションも選んでいいの?、だったらSTALAG、ANSWERとかホントにきりがないな(笑)。自分はレトロなリディムが大好きなんだ。そういうので育ってるしね。『UNSTOPPABLE』にDENNIS BROWNの曲をサンプリングしたのも(「Handwritings」)、今回も「Phone Gyalist」でもそうしたオールド・スクールなリディムを入れたのもそれが理由だ。この曲はSHANE BROWNと作ったけど、彼は最高にしてくれたね。STEPHENと同様に彼もスゴいんだ、古いレゲエの理解も素晴らしいし、アイディアもあるしね。
C:これも難問だね(笑)。今日の気分で言わせてもらうと、BOB MARLEYの全部で、今日なら『BABYON BY BUS』かな。あと、レゲエならDENNIS BROWNの「Revolution」の入ったアルバム、タイトルは思い出せない。FREDDIEの『BOBBY BABYLON』はクラシックだ。STEPHENの関わった全てのアルバム(笑)、あとBOUNTY KILLERの『MY XPERIENCE』も好きだな。レゲエ以外だとDONNY HATHAWAYが今日の気分かな、あとNASの『I AM』とJAY-Zの『AMERICAN GANGSTER』も好きだね。明日聞いてくれたら、別のものを言うと思うよ。
C:『NEVER CHANGE』のアルバムが日本で出ること(笑)。改めてだけど、のアルバムは「It's Me」っていうアルバムだ。『UNSTOPPABLE』からの成長、成功、経験、学習、知識、自分の現在の思考が全て詰まった作品で自信作だ。ヒット曲も多いけど、ただの「寄せ集め」じゃない。構成もソリッドな世界観も詰まったものだから、「アルバム」として全体を楽しんで欲しい。また秋にはアメリカやヨーロッパでもリリースするけど、それは日本のものとは少し違うものになると思う。日本で最初に出したかったのも、『UNSTOPPABLE』の時から自分の可能性を信じて応援してくれた人達がいたからだし、この内容も日本だけ特別なものにしたかったのもある。まずはこのアルバムを日本に届けることに興味があるし、夏にツアーでその反応を直に確認することを楽しみにしている。是非、アルバムをチェックして、ショーに来てもらいたい。自分の成長を生で伝えたいとも思っているよ。 あと、興味と言えば、最近のジャマイカの事情だ。悲しいことにトラブルも暴力も止まない。それはジャマイカのもう一つの部分で、現実でここで生きていくにはそれを直視しないといけない。自分が出来ることはその中でどう前向きに生きるか、困難な状況にある人達をどう前向きにさせられる曲を届けられるか。こうした現実がまた自分に歌わせる理由をくれるし、それを届けていかないといけない。 ありがとうございました。 C:また日本で会おう。楽しみにしているから。いつも日本で応援してくれている全ての人達にリスペクト!
8/25(水)京都LAB TRIBE
8/27(金)神戸・須磨海岸HUMMER
8/28(土)福岡Club Air&Tsuti
※なお、一部雑誌等で掲載されている下記東京公演は中止となりましたので、ご了承ねがいます。 ※出演者変更のお知らせ※(8/12付)
『NEVER CHANGE』リリース&来日記念T・シャツ発売決定!
★CHINOツアー情報/お問い合わせはNESTA JAPANまで
01. WHO GOD BLESS
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アーティストのキャリアはラッパー/芸名「カパチーノ」でスタートしていますが、その経緯を教えて下さい。











